妖怪王
第九夜
海馬ランドから帰ってきたアテムはおそるおそる海馬邸の玄関の前に立った。
もう深夜になっていて草むらからは気の早い秋の虫の声が聞こえる。
モクバ達一行はまだいるのだろうか?もうこの屋敷をねぐらに使えないのだろうか?等といろいろ悩みつつもとりあえず帰ってきてみたが、海馬邸がもとの通り森閑としているのにホッとしたアテムだった。
「皆は帰ったのかな?」
思わず口に出してみると、傍らに現れたブラックマジシャンが答えた。
「マスターお気をつけて。セキュリティシステムが新しくなっているようです。」
確かに、アテムが中に入るとそこかしこに新しい警報機が備え付けられていて、暗い内部に眼をこらすと張り巡らされた赤外線サーチの赤い編み目が見える。
だが、このくらいのダンジョンはアテムにとってはお手のもの。器用にくぐり抜けて二階の部屋に向かった。どうやら屋敷には誰もいないようだ。
「あー良かったぜ!」
すっかり安心してアテムがいつも使っているソファに寝転ぼうとした瞬間、
「やっぱりここに帰ってきたんだね」
開け放たれたベランダの方から声が響いた。
その穏やかな声、アテムにとって忘れられないその声の主は、ゆっくりと室内に入ってきた。夜風に薄いカーテンが翻り、その小柄な姿を覆っている。
アテムは声もあげられないほど驚いていた。
(相棒…)
懐かしいその姿はアテムが闇の遊戯であった頃の記憶と寸分違わない。
「モクバくんに鍵を預かって待ってたんだ。確かめたくってね」
かつての半身、武藤遊戯はそのまま固まっているアテムの側に歩み寄り、じっとアテムを見つめてこう言った。
「もうひとりのボク、帰ってきてくれたんだね」
その言葉を聞いたとたん、アテムは悟った。
誰よりも心を近づけて共に過ごした存在にはどんな嘘も言い逃れも効かない。逃げ隠れしていた自分の方が間違っていたのだ。そうだいつだってこの半身は自分がどんな存在であろうと受け入れてくれたではないか。この心の広さと優しさに自分がどんなに救われてきたことか。今の自分がどんな姿であれ自分達の絆は変わってはいなかったのだ。
「あい…ぼう…」
アテムはいつのまにか自分が泣いている事に気づいた。
「やっぱりキミなんだね?」
遊戯はアテムを優しく抱きしめて言った。
「それにしてもキミ、随分可愛くなっちゃったねぇ」
相変わらず幼い子供の姿のままのアテムは遊戯の腕の中にすっぽりと収まるほど小さかった。
…
その後、静かな部屋の中で二人はずっと話をして過ごした。
アテムは自分がここに帰ってきた不思議を。
遊戯はアテムが還った後の事を。
そしてアテムは初めて自分があのエジプトの地に還ってから丸一年がたっていた事を知ったのだった。
「もっと時間がたってるのかと思ったぜ」
そう言うアテムに遊戯は、
「キミのいない一年は長かったよ」と答えた。
そのうち、明け方が近づいてきた。薄青色の空にモーニングムーンが浮かんでいる。
太陽が昇る東の方角はどんどん明るくなっている。
月は慎ましく太陽に場所を明け渡して姿を消して行った。
夜明けの光ががらんとした室内に差し込んできた時、アテムは自分の身体が昨夜と同じ子供のままである事に驚いた。
だってだって、今までは朝になるとマジシャンの魔法が解けて本来の姿に戻っていたのにどうして!?今や遊戯のいる場でもとの姿に戻ってもなんの心配もないというのに!
つーか元の姿で相棒と再び感動の再会をしたかったのに!
「オイ!どーなってるんだよこれ!!!」
姿が見えないブラックマジシャンに向かってアテムは叫んだ。
「どうしてか私にもわかりませんよ!」
虚空に忠実なしもべの声だけが響いた。
慌てているアテムをきょとんとして眺めていた遊戯は(以前闇遊戯がやっていたように)ウインクしてこう言った。
「別にいいじゃん、その姿でもキミはキミだよ」
………
(相棒はオレより大物だぜ)
混乱した頭の片隅で、アテムは思った。
(妖怪王第十夜に続く)

