妖怪王
第二夜
アテムはソファの上に横になっていた。 今の自分の境遇について思い悩んでいるうちに、
いつのまにか寝入っていたらしい。
夢を見た。夢の中で自分はセトとディアハをしていた。
闇の大神官によって破壊された王宮。石版、血と犠牲と死霊と闇に満ちた世界。
あの時、自分は一瞬思ったのだった。
セトに王位を譲った方が良いのではないかと。
それが闇の大神官の暴走を止める唯一の方法なのではないかと。
だが、それは真剣勝負を挑んできたセトに勝ちを譲るという決闘者としてやってはならない行為であり、違う意味でセトを裏切る事になる。
そして、自分の王として決闘者としてのプライド、使命、なにより父から受け継いだ責任が、そう思う自分の弱さを許せなかった。あれは重く苦しい決闘だった。
結果的に自分が選んだ道が正しかったのかは今でもわからない。
ただ、あの時自分は自分が出来る唯一の事をしたまでだった。
アテムが目を覚ますと窓からは明かりが差し込み、もうすっかり朝だ。
しもべ達はいつのまにか姿を消している。あれは夢だったのだろうか?
起き上がって自分の身体を確認する。夕べと同じ服装と手足の感覚。
不思議だった。以前相棒の身体を借りていた時の自分とも違う。
今、アテムは自分の身体をもったひとりきりの存在になった事を実感した。
妖怪だけれども。
その日は一日中屋敷の中を探索した。どの部屋も綺麗に片付けられていたが埃が積もり、この屋敷の持ち主が随分前にここを引き払った事が伺えた。時間や日付を知れる物もなく、部屋に差し込む日差しの長さから推し量るしかなかった。
外から蝉の声が聞こえる。どうやら季節は夏なのだろう。
一体今はいつなんだろう?あの闘いの儀からどのくらいの時間がたっているのだろう?
そして相棒たちは今どうしているのだろう?
海馬は‥おそらくアメリカに行ってしまったのだ。この屋敷を捨てて。
思えばこの世界に戻ってきてしまった自分が居る場所が、この海馬邸だというのも不思議だった。自分はこの屋敷の主ではないのだからここに居るべき理由が無い。
その時、アテムはズボンのポケットに何か入っているのに気づいた。
取り出してみると、それは紛れもなく懐かしいM&Wのカードである。
魔法カードの緑の枠の中に描かれた暗い魔法陣の絵柄。
「デビルズサンクチュアリ」
バトルシティ決勝戦で海馬に託されたあのカードだ。
何故自分はこれを持っているのだろうか。
そのうちに日が暮れてきた。夕陽が一日の最後の光を投げかけ、部屋の中が真っ赤に染まる。その時である。
「クリクリー!!」
夕べと同じように、アテムに飛びついてきたのはクリボーだ。
「お前、帰ってきたのか」
アテムは嬉しかった。やはりひとりきりはさみしい。そして暇だ。
するとクリボーに続いて他のしもべ達も次々に姿を現した。
「いやー、今日のデュエルは楽しかったなー」
「久し振りに接戦だったな。やはりデュエルはああでなければ」
しもべ達はわいわいと楽しそうに話し合っている。
「なんだよ。お前達どこへいっていたんだ?」
アテムの問いにブラックマジシャンが答えた。
「海馬ランドですよ。我々は昼間はよくあそこにいって遊んでいるんです。
カードに姿を変えて、デュエリスト達のデッキにこっそり潜り込んでね。
出番があればひと暴れできる。なかなか楽しいですよ」
「ズルいぜお前達だけ。オレもまたデュエルしたいぜ」
デュエルという言葉を聞いたとたん、アテムはデュエルがしたくてしたくてたまらなくなった。生まれ変わったら一番に何がしたいですか?と聞かれたら即座に「デュエル!」と答えられるほどに、今アテムは無性にデュエルがしたかった、それも現代のデュエルを。
古代のディアハは石版重いし人手は必要だし、やはりゲームの利便さでは現代のテクノロジーの方に軍配が上がる。もはやアテムはすっかりラクを求める現代っ子に成り下がっているようだ。今のアテムが現代の姿でいるのはそういう自分の変化ゆえなのだろうか。
「ゴメンなセト」
アテムは心でそっと過去の男に詫びた。
不満そうなアテムに優しく笑いかけて、ブラックマジシャンは言った。
「では、マスターも外に出てデュエルしてくればよろしいではないですか。
この町ならどこにだってデュエリストはいるでしょう?」
「え?今のオレでもデュエルできるのか!?外へ出てもいいのか!?」
アテムはびっくりした。今の今まで、自分が妖怪だというのならあまり人目につかないほうがいいのではないだろうか?もしかして自分はこの場所限定でなければ存在できないのではないろうか?等と不安を感じていたからだ。以前に長く闇の存在でいたせいか、表立って何かをしてはいけないと常に自分を戒めていたし(そのわりにいつもイイとこ取りで目立っていたが…)、前は器であった遊戯の身体と名を借りるという隠れ蓑があったからこそ現世で活動が出来たのだ。だが、今は自分の身体がある上に、ゆっくり昼寝した後は自由に外に出てデュエルし放題?マジで?そんなお手軽でいいのか妖怪!?と、そこまで黙考したとたん、アテムの頭にピコーンとアナクロな漫画表現そのものの啓示が浮かんだ、昼は寝床でぐうぐうぐう、夜はランドで決闘大会(違います)とあの歌は歌っていたではないか。正しく妖怪とはそういうものなのだ。これでいいのだ!
「もちろんですとも。今のマスターは自由です。存分にデュエルなさればいい。
私たちもまたお供致します!」
にこやかに返すしもべ達。しかし、そこでアテムは新たな問題に気づいた。
「だが、今のオレがこの姿でデュエルすれば、きっといつかは相棒達に見つかるぜ」
そうだ。もし自分を見つけたら、あの優しい半身は喜んで迎えてくれるだろう。だが同時にひどく悲しむだろう。すみません妖怪になって帰ってきちゃいました等とアテムが告げたら。辛いが懐かしい仲間達に会う訳にはいかない。アテムはそう心に決めた。
でも、デュエルはやりたい。やりたいったらやりたい。本当に自分の手でデッキを持ち、自分の身体を使ってデュエルが出来るというのなら是非是非試してみたい。
「今の姿ではダメだぜ。どうにかならないか?
あ!オレ妖怪なんだから何かに化けるとか出来ないのか?ホラ頭に葉っぱのせて」
それは狐か狸ですとツッコミたかったがそこはスルーして魔術師は言った。
「今のマスターにそのような能力はありません」
「なんて能無しなんだ!!オレは今の自分が情けないぜ!
以前は結構いろいろ出来たのに罰ゲームとか罰ゲームとか罰ゲームとか!!」
拳を握りしめて「くっ!」と大仰に嘆くアテム。
「確かにそのお姿で人前に出るのはまずい、伝説の決闘王は未だ有名ですからね。
そうですねぇ…では僭越ながら私の力でなんとかしましょう。」
魂の底から主人にベタ甘な魔術師は、そう言うと杖をアテムの頭に乗せた。アテムは全身に暖かい光が降り注ぐのを感じたが、彼が自分に何をしたのかさっぱり分からない。
「さぁ、どうぞマスター!」
ブラックマジシャンが指を鳴らすと、他のしもべ達は次々にカードに姿を変え、アテムの手のひらの上に吸い込まれるように集合していく。
瞬く間にアテムは一組のデッキを手にして立っていた。
「ただし、必ず朝までにはここに帰ってきて下さいね。
私の魔法は夜明けと共に消えますから」
その声の響きが消えると同時に、アテムの手の上のデッキの一番上に黒き魔術師のカードがふわりと収まった。
懐かしい自分のデッキをぎゅっと握りしめると、アテムはドアを開けて外へ飛び出した。
まるで初めてデッキを持った幼子のように胸をはずませて。
(妖怪王第三夜に続く)

