妖怪王
第十四夜
海馬が目覚めた時、辺りはすでに早朝にしてはきつすぎる日差しと蝉の鳴き声に包まれていた。
床の絨毯の埃臭い匂いが急に鼻についた。自分がいつ倒れたのかも記憶に無い。
(なんという事だ。このオレが…無様に気を失っていたというのか?それとも…)
「モクバ!」
起き上がって弟の名を呼ぶ。
「兄サマ…」
すぐ隣からモクバの声がした事に、海馬は安堵した。とりあえず弟が無事ならそれでいい。
ゆっくりと周囲を見渡すと、昨夜の異常な光景が嘘のような、ガランとした室内である。
家具のカバーも元どおりで、もちろん窓の鍵もちゃんとかかっている。
「兄サマごめん…オレ…いつの間にか寝ちゃったみたいだぜぃ…昨夜、この奥の部屋に入ってからの事、何にも覚えてないんだけど、何かあったの?」
モクバが目をこすりながら言った。
(モクバは見なかったのか?アレを)
海馬自身、今となっては夢だったようにさえ感じる闇の中の異様な光景と、忘れもしない好敵手の姿。自分に向かって何か問いかけていた。確か…デビルズサンクチュアリの維持コストを払うか否か…と。
その時突然、海馬は自分の手が一枚のカードを握っている事に気づいた。
「デビルズサンクチュアリ!?…なぜこのカードがここに?」
このカードはバトルシティで遊戯に託したままになっていたはずだ。何故ここにあるのだろう?
その時、海馬は気付いた。自分の足元に横たわる小さな身体に。
それはまるで胎児のように、静かに、自分自身を抱くように丸まっていた。
四方八方に跳ね上がった赤い髪、黒い服、安らかに寝息をたてている穏やかな顔。
海馬にとっては、海馬ランドの夜の闇の中で出会った時の、子供らしからぬ尊大な態度の印象しかなかったが、朝の光の中で無防備な姿をさらしているアテムは、本当に幼く小さい。
「兄サマ…これ…誰?」
いつの間にか海馬の横に立ったモクバが、兄の服の袖を掴みながら、小さく尋ねてきた。
「アテム!」
モクバの問いに答えずに、海馬は眠っているアテムに呼びかけていた。
「おい!アテム!起きろ!」
その海馬の声に反応したように、アテムはビクッと身体を震わせた。
「セ…ト?」
アテムの口から掠れた声が漏れる。それと同時にゆるりと動かした腕を頭上にかざした。
そして、うっすらと眼を開けると、海馬の顔を見上げ、その小さな手を海馬の足にきゅっと巻きつけ、にっこり笑ってこう言った。
「せ…と」
海馬は一瞬で固まったように動けなかった。
「兄サマ…コイツ、ここに住んでたのかな?…もしかして、コイツが妖怪デュエル小僧の正体?」
モクバの声に海馬はやっと我にかえる。
「なんだ?それは」
「あっ!ううん!なんでもない!」
「コイツは最近海馬ランドに現れるという天才デュエリストだ。オレの今回の訪日はコイツの正 体を確かめるためだったのだ。実際オレが一度手合わせしてみたが、噂どおり実力は確かだ。だが、何故コイツがこの屋敷に…?」
「コイツが!?こんなちっこいガキが天才デュエリスト!?」
驚いたモクバがまじまじとアテムを見つめると、アテムは海馬の足の後ろに身を隠そうとする。
モクバはホッとしていた。兄に言えなかった自分の目的と、兄の目的がピタリと重なって目の前に現れたのだ。確かに赤い髪で黒い服でデュエルが強い?らしいが、これはただの人間の子供だ。
(なーんだコイツが「妖怪デュエル小僧」の正体だったんだな。オカルトでもなんでも無いよなー良かったぜぃ。もう兄サマに隠さなくてもいいかも。)
「兄サマ、実はさオレ、今回の…」
「ちょっと待てモクバ。アテムの様子がおかしい。」
海馬はモクバの話をさえぎって屈み込み、アテムの細い腕をつかんで引き寄せた。
小さな身体が小刻みに震え、さっきまでとは違う荒い呼吸をしている。紅潮した頬に触れると熱い。海馬の腕に身を任せて倒れこんだアテムを海馬はしっかりと抱きかかえた。
「すごい熱だ。」
海馬は襟元のKCバッジに指を触れると、いつもどおりの口調で言った。
「今すぐ旧海馬邸に車を一台まわせ。主治医に連絡して同乗させるように。
マスコミ関係はすべてシャットアウトしろ。」
(妖怪王第15夜に続く)

