
yukemuri1
母国のクーデターを避けて
日本に逃れた王子アテムは
かねてから取引のあった企業のつてで
雪深い山奥のひなびた温泉宿に身を隠していた
豪雪で外出できない上、音信不通
寒さに慣れない事もあって
延々こたつ&ミカンの日々
いつしか王子はすっかり怠け者と化していた
「おっと ミカンが」
転がったミカンをとるのも億劫
(…しょうもねぇな)
そこにいきなりがらっと襖が開いた
「海馬!?なんでこんなトコにいるんだよ!」
「貴様を匿っているのがバレた
オレもしばらく身を隠さねばならんようだ」
「その格好は…」
「葉を隠すのは森の中というだろう
この場所にふさわしい格好をする」
しかし半天の下がビジネスシャツなのは
如何なものか
なんとなく宿の番頭さんである

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いつのまにか温泉宿仕様浴衣&どてらに
着替えて来た海馬が言う
「いいかアテム
この状況においてオレ達がするべき事は
ただひとつ!
湯治客は露天風呂に入らねばならぬ
ここから約500m先に露天風呂がある
たとえ外が猛吹雪であろうとも
ゆくぞオレ達の露天風呂ード!!」
すっかり怠け心に浸食されていたアテムだったが
海馬の瞳に燃える炎に
自らの忘れそうになっていた情熱を
掻立てられる思いがした

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ここはやはり温泉宿正装がふさわしいと
着替えてきた王子アテムは叫ぶ
「貴様の熱い思いしかと受けて立つぜ海馬!
オレは自分を見失う所だった
何事にもチャレンジする精神
それを貴様に教えられたぜ!」
見上げる先は仰角30度
青白く燃える海馬の瞳である
(この熱い方々はもう風呂いらねぇんじゃね?)

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ふたりが外に出ると
少し吹雪は収まったとはいえ
いまだ雪は降り続いている
「だめだ海馬…埋まる…これは埋まる」
「軟弱者めが!
オレの進むロード!それが道となるのだ!」
ざくざくと雪をかきながら海馬は進んでいく
まるで除雪車さながらに
その背中を少し頼もしく思うアテムであった

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やっとの事で露天風呂にたどり着いた二人
雪はいつのまにか止んでいた
しんと静まりかえった山の奥
冷えた身体を暖めてくれる湧き湯
まさに極楽浄土である
アテムが握っていた拳を開くと
お湯の中に桜色の花が咲いた
「宿についた時出された桜湯に入っていた花だ」
「なんでそんなものを?」
「さぁな でも綺麗だろ?」
湯の中で八重の桜がほんのりと揺れる
「さて 帰りはどうする?」
(ここで気分ぶちこわし)

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「一度来た道を帰る等容易い事 心配するな」
帰り道を心配するアテムを制する海馬
なんちゃって頭はまったく別の事を考えていた
さっきからなぜか動悸が激しい
熱でもあるかのように身体が熱い
思えば今までの人生
他人と風呂に入った経験など皆無だった
(弟は肉親なので除外)
すっかり気を許してかたわらでくつろぐアテムの
ほんのりと染まった身体
(褐色がどう染まるのかは不明)
この衝動がなんなのかわからないが
とにかくアタマぐーるぐるな状態なのであった
「やってみれば解る!」
(頭脳派と見せかけて実は行動派の海馬くん)
海馬はいきなり湯の中のアテムの手を握った

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いきなり手を握られて
バランスを崩したアテムは足を滑らせ
とっさに海馬にしがみついた
抱きとめてやった身体は手に余るほどに小さい
真近で見る紅い瞳は
雪と湯気の中でなお鮮やかに輝く
「これを手に入れたい」
海馬が人間に対して初めて感じた欲求だった
アテムも混乱していた
「こいつ青い瞳をしている」
それに見入ってしまう自分が不思議だった
(さぁ がんばれ海馬)

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その時である
「迎えの花に誘われて来てみれば
若いという事は悩ましいものよの」
突然かけられた声に
驚いたアテムと海馬が振り向くと
湯気の向こう側にひとりの老人が立っていた
「ち…父上!?」
アテムが声をあげた
その老人はとうに亡くなった自分の父に
瓜二つだったのだ
(とうちゃんデバガメ)

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「お許し下さい父上! オレは…」
俯くアテムに老人は語りかけた
「はて 見知らぬ老人に許しを請うほど
そなたには何か心残りがあるらしい」
そして老人は優しく微笑んで言う
「迎えの花は一献頂いた
お礼にそなたに送りの花を進ぜよう
心のままに為すべき事を為せるように」
アテムは額に何かが触れる気配を感じた
それが触れた所から
金色の光があたりに溢れる
驚いたアテムが目を上げると
その瞬間 老人の姿がふっと消えた
(ごめんね海馬くんおいてきぼり)

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老人の姿が消えた後
しばし二人は無言だった
ようやくアテムが口を開いた
「海馬 あれは何だったんだろう」
「フン おそらく湯にのぼせて見た幻覚だろう」
いかにもオカルト嫌いの海馬の台詞だ
だがその後 珍しく神妙な口調で海馬は言った
「アテム
この湧き湯はこの地では桜湯と呼ばれているのだ
向こう岸に立つ古木はしだれ桜だ
この山の主と住人は信じている
花の盛りの時期を過ぎると
この湯はいちめんが落ちた花びらで薄紅に染まり
それが桜湯の名のもとと言われている」
折しも月は中天に昇り
雪を抱いて立つ古木の姿を
くっきりと浮かび上がらせていた

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宿への帰り道は静かだった
月の光を反射した雪はキラキラと輝き
二人を明るく導いているかのように思える
歩きながらアテムは言った
「海馬 オレは国に帰るぜ
自国の危機に王族たるものが
こんな所に居ていいものか
ずっとそれが気にかかっていたんだ」
海馬がにやりと笑う
「同じ事を考えていたな
オレもコソコソ逃げ隠れしているのは
性に合わん」
「アテム お互い為すべき事を為した後
またここで会おう」
「ああ オレも見たいぜ
あの桜湯の本来の姿を」
雪道の先にはようやく
二人を暖かく迎える宿の灯りが見えてきた

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それから一ヶ月後
海馬は自社に戻り
今まで通りの多忙な日々を送っていた
そんな中ふと見たネットにアテムの横顔が大きく写し出された
『クーデターの後 独裁政権を一掃したE国は
次期首長にアテム王子を推す
王制復古に懸念の声も』
海馬はモニターを見つめた
アテムの最新の画像は荒かったが
あの紅い瞳の輝きだけは
確かに海馬の知る彼の瞳そのままであった
