闇猫
オレは野良猫だ。 名前はまだ無い。
というかオレは自分の名前を知らない。
首輪がわりのリボンと鈴がついているところから仲間達はオレがかつては飼い猫であったのだろうと言う。
オレにとってはどうでもいい事だ。
だが鈴は動くたびにオレの居場所を知らせるので狩りには不都合きわまりなかった。
しかし今日はすげぇ餌場を見つけたんだ。
偶然迷い込んだ屋敷はとんでもない広さでここならオレの鈴がちりちり鳴ろうがほとんど気づかれないだろう。
おまけにめったにお目にかかれない御馳走が誰もいないダイニングテーブルの上に置いてあるじゃないか。
牛フィレ肉だろ?コレ フォアグラソースがけってヤツ?よく知らないけど。
このまま食っちまおうと思ったが、相棒や仲間達にも分けてやんなきゃな。
そっとくわえて運ぼうとした時、ドアが開いて一人の男が入ってきた。
「なんだ猫か どこから入り込んだ」
怒っているでも無く心底オレに興味の無さそうな声だった。
その時突然ある事に気づいた。
オレにはこいつの言っている言葉がわかる!
普段オレたちには人間の言葉はただの音にしか聞こえない。
発した音の強弱や身振り等でその人間が怒っているとか優しげだとか判断するんだだが、不思議な事にこの男の言葉ははっきりとオレに届いた。
男はそのままどっかりとオレの前の椅子に座った。
外見は上品そうだがそのふてぶてしい態度はなんなんだよ。
正直一瞬気圧されてオレは身動きが取れなくなっちまった。さっさと逃げるべきだったのにな。
男は言った。
「フン、オレの夕食をかすめとる泥棒猫が。こそこそ運び出すくらいならそのままそこで食えばいい。恵んでやるぞ。」
その言葉にオレはムッとした。
猫には猫の誇りがある。狩った獲物は一番力が無い仲間に分け与えるのが猫の流儀だ。だから皆の所に持ち帰ろうとしたのに。
オレは反撃に出る事にした。
くわえていたご馳走を男の前の皿に戻す。優美に、余裕の表情で。
怖じ気づいて返すんじゃないぜ。これは既にオレが獲得した獲物だ。だから逆に貴様に与えてやるんんだ。
だっておまえは自分で狩りも出来ないんだろう?他の人間が用意してくれた餌をただ食う事しか出来ないヤツに自由な猫として最大限の優しさを示してやる。
こいつに通じるかどうか解らないけどな。
「なんだ 恵んでやるのはこっちだとでも言うのか?生意気な猫だ」
驚いたこいつオレの気持ちが読めるみたいじゃないか。
オレは姿勢を正して肯定の意を示した。
すると男はナイフとフォークを取って肉を半分に切り分けた。その優雅な動きに一瞬だけ見とれる。
人間の世界のナイフは、オレ達の牙や爪に相当する武器だ。
武器を美しく扱える者には一目おく事にしている。
こいつを侮らない方が良さそうだな。
「では 山分けといこうじゃないか」
男は切り分けた片方をオレにくれた。なんだ コイツいいヤツじゃん!
「だが、これは貴様の取り分だ。このままここで食え。他へ持ち出す事は許さん。」
え?なんだって?相棒や仲間達はどうするんだよ!
けれど男はじっとオレを見つめていて、ここで無様に逃げ出す訳にはいかなかった。
オレは男の言う通りにした。オレが食い始めると男も食事を始め、しんとした部屋にカトラリーとオレの鈴の音が響く。
それは密やかで奇妙な食事風景だった。
久しぶりのご馳走は本当に美味かった。
そうだオレすごく腹が減っていたんだよな。忘れてたけど。
腹がいっぱいになると身体中に力が漲り、今すぐにでも新たな狩りに行けそうな気がした。
相棒達には別の獲物を持って行ってやろう。オレがいつも元気で力があれば、仲間達になんだってしてやれる。
そんな事に今はじめて気づいた。
食事をシェアした者同士の親しみを込めて、そして感謝と満足の意を表して、オレは男の前で優雅に毛づくろいをした。
end

