BLUE SHEETING
「明日、待ち合わせは時計広場で午前十時半。
ただし、ひとつ条件がある。
明日一日はデュエル関係一切禁止というのはどうだ?
デッキ携帯はもちろんデュエルに関する一切の単語を決して口にしてはならない。
無論「闘い」も「ロード」もNGワードだぜ。
これは一日だけのゲームだ。
負けた方には当然罰ゲームが待っている。
どうだ?海馬、貴様に出来るかな?」
ある日突然の遊戯からのメールだった。
奴がオレによこした初めてのメールだ。
オレの都合等全く解さない一方的な内容だが、それはまるで謎めいた挑戦状のようで、オレは昂る気持ちを押さえられなかった。
「オレは貴様から引き下がらない!」
そして当日。もう春も近いというのに、この冬の最低気温を更新する天候だった。
オレは時計広場で遊戯を待っていた。おりしも降り出した雪。こんな日に、この多忙なオレを待たせるとはつくづく剛毅な奴だな。
30分遅れて奴はやって来た。遊戯はブルーのシートをかぶり、白いコートを着ている。
「もう来てたのか海馬早いな」
「なんだ貴様のその格好は」
「ここへ来る途中、雪が降ってきたからと家を片付けてる人がいてな。
オレが傘を持っていないからとこのシートをくれたんだ」
拍子抜けだな。今の遊戯は勝負を仕掛けてきたとはとても思えないほど穏やかな表情をしてオレの前に立っていた。
「なぁ海馬 このまま少しここで雪を見ないか?」
「そんな無駄な時間を過ごすためにわざわざこうしてオレを呼び出したのか?」
「ああ、たまにはムダな時間をめいっぱいぐだぐだ過ごすのもいいだろ?寒いし」
「よくないわ!!」(誇り高き決闘者がなんたるていたらく!と続けたかったがNGなのでカット)」
降ってくる雪を不思議そうに眺めながら遊戯は言う。
「雪の中で雪で固めた家をつくる遊びがあると、どこかで聞いた」
「かまくらのことか?」
ブルーのシートの中の遊戯は蒼く染まって見える。
人気の無い広場のベンチに二人で座って雪を見る。
ブルーのシートにくるまれて。
「こうしてるとあったかいな!かまくらもあったかいのかな?スゲェなかまくら」
オレがかまくらの説明をしてやったので新しい言葉を覚えた遊戯は嬉しそうに繰り返す。
「なぁ海馬 ブルーのシートで家を作っていた人達はどこへ行ったんだろう?
雨も雪もこのかまくらで充分凌げるのによ」
「きっと悪天候の時には決まった避難所があるのだろう」(かまくらとブルーシートが奴の中では、ごっちゃになっているようだが、 あえてつっこまない事にした)
「避難所か…そうか…良かったな」
一瞬見せた脆い表情。都会の雪はすぐに消えそうに儚い。
「オレにもあるぜ避難所」
「女々しいぞ遊戯(決闘者たるもの云々はカット) オレにはそんなものは必要ないね」
「きっと相棒がオレの避難所だったんだ」
まるで告白のように、その言葉は響いた。
「今日は相棒をおんぶしてきた」
遊戯は背中のフードの中から、ごそごそ例のオカルトグッズを取り出した。 愛しそうに。
「良かった 濡れてない」
「でも、もう避難所はいらない。いらないんだオレ達」
一体こいつは何を言いだすのだろう。
オレにはわからない。避難所なぞ持った事がないから。
「なぁ海馬、オレこの間までちっとも気づかなかったぜ。 オレってもう死んでたんだな」
唐突に遊戯が言った。そんな話は聞きたくない。
「ふん ではこのブルーシートは死体を覆い隠すためのものか よく事故現場等で使われるように」
こんな話もしたくない。
こんな時こそデュエルの話が出来ればと心底思った。
だがゲームには負けたくない。遊戯おまえは確信犯だな。
「じゃあ このシートには悪い事したぜ そんな役目よりかまくらになれた方が幸せだったろうに」
たまらなくなってオレはいきなり遊戯を引き寄せた。
確かめるために。
驚いた奴の鼓動が大きく跳ねるのを確認してから言う。
「なんだ。生きてるじゃないか」
すると遊戯は本当に嬉しそうに笑った。
今、オレの腕の中の遊戯はぴくりともしない。
ただ規則正しい鼓動だけが伝わってくる。
その鼓動を聞いているうちに静かに時が流れ、雪はいつの間にか雨に変わっていた。
さっきまでの密やかな音ではなくシートを叩く確かな雨音が聞こえる。
「このブルーシートは本来の姿に戻ったな。 かまくらでもなく、死体を隠すものでもなく、
ただの雨覆いに過ぎない。 そしてきっと本来の役目でいるのが一番幸せだろう」
そのオレの声をさえぎる様に遊戯の低い声が胸元で響いた。
「なぁ海馬 オレ達デュエル以外の話も出来るんだな」
オレは言った。
「おまえの負けだ遊戯。自分で仕掛けたゲームを忘れたか」
奴はくすりと笑った。まるで伏せカードをオープンする時のように。
「ではオレは罰ゲームを受けなければならないな」
蒼く染まったままの瞳がオレを見上げる。
何故だかオレは、この勝負に負けたのは自分の方であるように思った。
「おー!ここにもかまくら発見!」
屋敷のオレの部屋に入ったとたん、遊戯は湿った服を脱ぎ捨ててベッドに潜り込んだ。
「うん こっちのかまくらの方がいい匂いがする」
「おまえも来いよ 一人じゃ寒い」紅い瞳が煌めく。
死んでいるとか言っていた人間の言う台詞ではないな。
その後のあれがお前への罰ゲームだった訳ではない。
でも奴は抵抗しなかった。
単にオレはもう一度確かめたかっただけだ。お前が確かに生きている事を。
この身体は仮の器なのだとお前は言った。
ならば身体の内側のどこかにはお前自身がいるはずだ。
生きているお前が。
熱い口腔や暖かい内部の奥を辿って、オレはその証を探し続けた。
冷えていた部屋が温室並みに暖まった頃、
ベッドの上で、困ったような笑みを浮かべた遊戯が言った。
「海馬、オレ達共犯者になっちまったぜ」
奴の視線の先にはテーブルの上にきれいに畳まれたブルーシート。そしてその影に黄金色の三角形が見えた。
オレも笑みを返してやる。共犯者らしく。
遊戯が言った。
「明日オレはエジプトへ行く」
そして、オレがシャワーを浴びている間に奴は出ていったらしい。
ベッドのオーバーシーツは、奴が抜け出たそのままの形を留め、
それはつぶれて小さくなったかまくらを思わせた。
オレは奴が置いて行ったブルーシートを執事に命じて処分させた。
その晩、オレは夢を見た。
遊戯はあのブルーシートを頭上に掲げ、砂漠を歩いていた。軽やかに、楽しげに。
遊戯、あの時おまえに言ってやれば良かった。
本来の役目を終えたものはその後は好きなようにできるのだと。
それは何にでもなれるに違いない。
空を舞う凧にも、
海をゆく船のはためく帆にも。
(end)
